legend ej の繧繝彩色な「物語」

2017年5月9日火曜日

ヨーロッパの「最も美しい街」は? 経験論から Ⅰ部(北欧~中欧~東欧)

ヨーロッパには類稀な本当に「美しい都市」がたくさんある。何れも長い歴史に彩られ、訪れる人が中世の世界へ誘導されるようなドキドキする錯覚を覚える街並みを形成している。
ヨーロッパを良く知る人々各自がそれぞれ「これこそが美しい街」と挙げ、色々と異論があるはずだが、ヨーロッパの北方~南方へ向かって、「北欧~バルト海~中欧~東欧」と「中欧~地中海」の二部構成で、あくまでも個人的な狭い経験論から選択、手持ち写真を散りばめた幾らかの印象的な「美しい街」を挙げてみるなら;


ヨーロッパの「最も美しい街」は? 経験論からⅠ部(北欧~中欧~東欧) (当ブログ)
ヨーロッパの「最も美しい街」は? 経験論からⅡ部(中欧~地中海)    (別ブログ)

北欧~バルト海

スウェーデン・首都ストックホルム Stockholm

人口: 150万人
地政: スウェーデン首都/バルト海沿岸

スウェーデンの首都ストックホルムは、無数の島と氷河が削ったフィヨルド湾が複雑に入り組み、アドリア海の「女王ヴェネチア」より遥かに格上の「世界で最も美しい水の都」である。
経験論で言えば、過去に私はストックホルムを1972年の春先と2008年の夏、二度訪れているが、特に北欧の白夜の盛夏、三本マストの白い帆船・「チャップマン号 Chapman」が係留された対岸ポイント、シェップスホルメン島 Skeppsholmen から眺める王宮やノーベル博物館などが建ち並ぶストックホルム旧市街・ガムラスタン地区 Gamla Stan の、北欧特有の眩しい陽光に輝く気品に満ちた景観はたいへんと美しい(下写真)。

ストックホルム Stockholm
スウェーデン・首都ストックホルム/爽やかな夏の北欧フィヨルド・「世界で最も美しい水の都」
ストックホルム Stockholm
スウェーデン・首都ストックホルム
首都ストックホルムの街の始まりは13世紀の半ば、摂政ビリエール・ヤールが現在のガムラスタン(旧スターズホルメン島)に城砦を築いた後、バルト海の中世ハンザ同盟都市との海上交易を初め政治・軍事など、地政学的に確固たる地位を確固してきた。そうして、16世紀になるとグスタフI世統治のスウェーデン王国の首都となり、移民など爆発的に増加した人口を背景にさらなる発展を遂げた。
世界の大都市を比較して観る時、ストックホルムは古代からの長い歴史があるとは言えないだろう。しかし、ほぼ東西に延びるフィヨルド・リッダー湾に沿って、点在する14の島から成る市街地には、普通の首都なら標準に見られる重工業レベルの工場がなく、王宮や市庁舎や大聖堂など歴史的な建造物を初め、ゴシック・バロック・ルネッサンス様式の建物がびっしりと建ち並ぶその都市の姿に圧倒され、しかも建物の屋根や窓など北欧特有の濃厚で落ち着き感ある、統一された上品な色彩に誰もが目を見張る。
そして、市街である島々を取り囲む狭湾、さら市街面積の30%と言われる無数の水路の存在もまた「水の都」に相応しい重要な要素となっている。この首都での移動は車だけでなく、路線バスと無数にルート設定された水上ボートが欠かせない。

バルト海エストニア・首都タリン

人口: 43万人
地政: エストニア首都/バルト海沿岸
UNESCO: 世界遺産

ストックホルムと同じく、バルト海沿岸の小国エストニアの首都タリン旧市街も、声上げて興奮するほど最高に美しい。決して広くはない旧市街に一歩脚を踏み入れるか、あるいは現在、公的機関に使われている13世紀からの旧王宮やロシア正教ネフスキー大聖堂などが建つ、「トームペア」と呼ばれる小高い丘から眺望するタリン旧市街の景観は、まるで「童話の世界」である。

タリンを訪れたのは氷点下の真冬、深々と冷え込む大気、幸いにして雲一つない澄明された紺藍色の夜空に星が瞬き、オーロラの余波の赤紫色の不思議な色彩が魔法の風のようにゆったりと流れる(下写真)。1997年、タリン旧市街は歴史的景観としてUNESCO世界遺産に登録された。

エストニア・タリン Tallinn
バルト海エストニア・首都タリン/氷点下の真冬・クリスマスの時期(世界遺産)
エストニア・タリン Tallinn
バルト海エストニア・首都タリン/旧市街 真冬の朝(世界遺産)
※ポプラ社発行書籍 「ポプラディア情報館・世界遺産」掲載写真に採用される/2007年03月
●関連Webページ: バルト海沿岸/エストニア&ラトヴィア
バルト海エストニア・首都タリン&リトアニア・首都リガ

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中欧~東欧

チェコ共和国・首都プラハ Prague

人口: 130万人
地政: チェコ共和国 首都/ボヘミア地方
UNESCO: 世界遺産

経験論としては、ヨーロッパで「最も美しい首都」と断言できるチェコ共和国のプラハを見逃す訳にはいかない。
UNESCO世界遺産に登録されたプラハ旧市街の美しさは群を抜き、1984年≪アマデウス≫や1996年≪M.インポシブル≫など数多くの映画の撮影ロケ地となっている。
かつて私は二度プラハを訪ねているが、晴れた日の昼間、プラハ城の南側の丘に建つ高さ60mのペトジーン展望台から眺める、チェコで、いや違う、ヨーロッパで「最も美しい旧市街」と強調できる朱色の屋根と白壁造り、中世~近世の宮殿や邸宅、バロック様式の住宅などが建ち並ぶ世界遺産マラー・ストラナ地区の景観美の極致に声を失った(下写真)。

プラハ Prague
チェコ共和国・首都プラハ/プラハ城&マラー・ストナラ地区(世界遺産)
2000年の秋の夕暮れ、私はプラハ城 Prague Hrad-Castle のあるマラー・ストラナ Mala Strana の丘へ沈む夕陽が、チェコ人の誇り、国民的な作曲家スメタナの≪交響詩・わが祖国・第ニ曲≫で奏でられる、ヴルタヴァ川(モルダウ Vltava)の川面を荘厳な黄金色に染め上げるのを眺めたことがある(下写真)。
この時、東欧プラハの夕空が明るい朱色から透明感ある燃えるような赤色、そして赤紫色へと光のグラデーションを音もなく演出し始めた。心なしか哀愁漂う幻想的な古都の黄昏の時間、栄華を極めた「百塔の都」のあらゆる物が、薄紫色のベールに包まれ移ろう様は「比類なく美し過ぎる物語」と感慨した。

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チェコ共和国・首都プラハ/ヴルタヴァ川を挟んだ旧市街&カレル橋と夕日の王城地域(世界遺産)
現在の形容となったのは13~14世紀とされる歴史を秘めた広大なプラハ城、遠目には複合建造物にように見えるが、城内とそれを取り巻く優美な王城地区には旧王宮や聖ヴィート大聖堂を初め、そのほか一般公開を行っているフルザンスキー宮殿、ダルボカー邸宅やクラマージ邸宅、ロレッタ教会や聖イジー修道院、聖十字架礼拝堂、プラハ城絵画美術館や聖イジー美術館、王宮庭園などがある。
そして、ストラホフ修道院や大司教宮殿など、プラハ城を守るように広がる朱色の屋根が連なるマラー・ストラナ地区、ここは建造物のみならず、情緒溢れる細い通りなどは数限りないほどある。プラハ城周辺は中世の歴史の凝縮された稀な場所であり、地区のすべてを見学していたら、どれほどの時間があっても回り切れない。また、在プラハの日本大使館は閑静なマラー・ストラナ地区の邸宅様式の建物である。

600年前に建造され、14世紀の聖ヤン・ネポムツキー像 Svaty Jan Nepomucky などが建つヴルタヴァ川(モルダウ)に架かるカレル橋 Karluv Most の東側区域は、市民の生活が繰り広げられた旧市街である。
プラハ市民とツーリストの集う中心地、栄華と混乱の歴史を見て来た総石畳の旧市街広場、そして広場を取り巻く周辺の建物群には、ゴシック・バロック・ルネサンス様式など、歴史的な建築様式のサンプルを残らず集めた壮観さがある(下写真)。

プラハ Prague
チェコ共和国・首都プラハ/黄金色に輝く旧市街広場の宵(世界遺産)
旧市街広場の中央付近には、15世紀初めに教会改革と唱え、ヴァチカン・カトリック教会の税金徴収をも強烈に批判したプロテスタントの先駆者であり、チェコの英雄ヤン・フス(Jan Hus 1369年-1415年)の大型像が立っている。
南ボヘミア地方のフシネツ Husinec で生まれ、カレル大学総長にまでなったフスは、ドイツ南部コンスタンツの公会議で、怒りのカトリック教会によって「異端思想」と批判され逮捕される。自説の撤回を拒んだフスはヴァチカンから破門された後、プラハへ連行され、1415年7月、火刑に処せられた。
プラハの旧市街広場は、その美しさで中世チェコの繁栄を伝えると同時に、一方で目では見え難い民族の悲しみの歴史が刻まれた「神聖な場所」とも言える。

プラハ Prague
チェコ共和国・首都プラハ/旧市庁(時計塔)前に集まった観光客/スタレー・ムニェスト地区(世界遺産)
●関連Webページ: チェコ共和国・首都プラハ
歴史を秘めたチェコ共和国・首都プラハ/プラハ城と美しい旧市街

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チェコ共和国・チェスキー・クルムロフ Csesky Krumlov

人口: 14,500人
地政: チェコ共和国/南ボヘミア地方
UNESCO: 世界遺産

14世紀の建設公ルドルフⅣ世以降、貴族文化の象徴として絶頂の輝きを燦然と放し続けたオーストリアの首都ウィーンから北方へわずかな距離となるが、チェコ共和国の南部、ヴルタヴァ川(モルダウ)が極端にS字蛇行して深い渓谷をつくる地に、歴史から取り残されたようにチェスキー・クルムロフが佇む。
人々から「南ボヘミアの宝石」と比喩されている通り、チェスキー・クルムロフ旧市街は、王城も含めルネッサンスとバロック様式でありながら、豪華さを抑制した絵画的で例えようのない美しい景観を残している(下写真)。
私は中世の香り漂うチェスキー・クルムロフを紅葉が始まった2000年の初秋、そして、2006年には粉雪舞う氷点下10℃の極寒の真冬にも訪れている。何れの季節にあっても、心に刻む旅情を求める旅人の期待は裏切られることはなく、青森・弘前塗のように暖めてきた憧憬の上にさらなら本物の感動と感慨が何層にも厚く上塗りされた(下写真)。

チェスキー・クルムロフ Cesky Krumlov
チェコ共和国・南ボヘミア地方チェスキー・クルムロフ/初秋の王城と旧市街(世界遺産)
13世紀、標高500mほど、クルマウ(Crumnau チェスキー・クルムロフの旧名)の崖上にゴシック様式の王城の基礎を建造したのは、ボヘミア地方の有力貴族であったヴィツコヴィツェ家の血筋をひくクルムロフ領主家であった。14世紀が始まるとこの家系が途絶え、これ以降~17世紀初めまで約300年、クルムロフの王城と街は同じくヴィツコヴィツェ家からの分家の一つであったローゼンベルグ家(Rosenberg/CZ=Rozemberk)により統治された。
特に16世紀半ば~末期、イエズス会の大学創設や王城の拡張、街の整備を初め、領地の経済開発と外交分野に力を注いだウィルヘルム・ローゼンベルグの功績により、クルムロフは驚異と言えるほどの発展をしてその繁栄を極めた。

緩やかな流れのヴルタヴァ川とえぐられた谷、そして険しい崖や波打つ丘陵、チェスキー・クルムロフの市街の地形は非常に複雑で起伏と変化に富んでいる。その特異な地形だからこそ、至る所から展望が開け、眺める街の見事なまでにバランスされた美しさを言葉で表現するのはそう簡単ではない。
13世紀に建造され、旧市街の何処からも見ることができる王城の塔は、幾度となく改修が重ねられた結果、ゴシックとルネッサンスの混合様式となったが、淡いピンク系と白色系の壁面に貝殻紋様や時計などが施工され、これらが渋い緑青色の屋根と不思議に調和している。

フラーデク Hradec」と呼ばれる王城区域から西側へ続く広大なフランス式庭園、更に奥に広がるブナの森を含む自然を活かした標高550m付近のイギリス式大庭園に向かう際、最初のテラス状の場所から、あるいは狭く急な階段を上った円筒形の多色彩の王城の塔の上から眺める旧市街は、まるで眩い「宝石箱」を覗いているようである(下写真)。
大きくS字ターンしながら蛇行するヴルタヴァ川に囲まれた旧市街には、中世のままの歴史を刻んだ家々が数多く残され、磨り減った石畳の通りも家々の朱色の屋根も窓も、何もかも趣のある造りで、飽きることのない感動とため息の出るほど風情ある雰囲気を醸し出している。

チェスキー・クルムロフ Cesky Krumlov
チェコ共和国・南ボヘミア地方チェスキー・クルムロフ/朱色の屋根の連なる旧市街(世界遺産)
西方2kmに広がる波打つ草原と紅葉の美しい広葉樹の丘陵へ陽が沈み、旧市街の家々の窓に明りが灯り始める頃、趣のある古都の裏通りは一瞬だが時間が止まる。そして、教会の塔も磨り減った石の階段も、民家の扉も壁も、中世からのゴツゴツした石畳の通りも、老舗のレストランの古風な窓も、チェスキー・クルムロフのあらゆる物が青紫色をした黄昏の柔らかいベールに包まれる。
西の空が茜色に染まった後、雲のない夜空にスポットライトの王城の塔が一段と映える。そうして舞台が整った時間、伝統的なレストランやカフェテリアのカンテラに明りが灯り、人々を夢のような世界へ誘い始める。この中世の街では、日本の繁華街で良く見る点滅の集客ネオンサインや勝手に流す音響・音楽は嫌われる。

チェスキー・クルムロフ Cesky Krumlov
チェコ共和国・南ボヘミア地方チェスキー・クルムロフ/初秋と極寒の王城&旧市街(世界遺産)
真冬の時期、夕刻、チェスキー・クルムロフの旧市街地を緩やかに蛇行するヴルタヴァ川は、群青の鏡面と化しイルミネーションに輝く王城や高い塔を写し出す。中世からの長い時に耐えてきた家々の朱色の屋根に僅かに積もった粉雪の白さと窓辺の灯りが、氷点下10℃の寒気の中にあっても、この風景を眺める人の心を間違いなく暖かくしてくれる。
耳を澄ませ、目を凝らして、こんな雪景色の穏やかな空間と柔らかい時間が完璧に溶け合う東欧の古い街が奏でる繊細な協奏曲を聴き、物音しない雪景色の舞台を黙って眺めた時間、私は「今 自分が旅にある」と感じたのであった(下写真)。

チェスキー・クルムロフ Cesky Krumlov
チェコ共和国・南ボヘミア地方チェスキー・クルムロフ/氷点下の真冬(世界遺産)
●関連Webページ: チェコ共和国の中世都市・チェスキー・クルムロフ
「南ボヘミアの真珠」チェスキー・クルムロフ/ズラターコルナ修道院

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チェコ共和国・テルチ Telc

人口: 6,000人
地政: チェコ共和国/モラビア地方
UNESCO: 世界遺産

早くも中世11世紀後半には、テルチの町は繁栄をスタートする。14世紀には貴族フラデッツ家系の統治が始まり、その後統治者の入れ替わりがあるが、最終的にはリヒテンシュタイン家系が長らく統治してきた。周囲を三つの湖でU字形に囲まれたテルチの旧市街はそれ程広くはなく、周辺の環境からして天然の要塞的な地勢に特徴を見せる。
旧市街の中心部には、1530年の「テルチの大火」の後、現在の町の形容を造った人物ザハリアーシュ・フラデッツ Zacharias Hradce の名前を付けたザハリアーシュ広場がある。
広場の幅自体はそれ程広くはないが、長さ350mもある総石畳の空間の最西端には、13世紀の建立と言われるテルチ城、ゴシック様式の聖ヤコブ教会、イエスズ教会が並び合って建ち、そして残りの周囲はファサード装飾が見事な優美可憐でカラフルなルネサンス様式の歴史的建造物が軒を連ねている(下写真)。
人々から「モラビアの真珠」と呼ばれる「おとぎ話の世界」のような雰囲気の漂うテルチ旧市街は、UNESCO世界遺産に登録されている。

チェコ・テルチ Telc
チェコ共和国モラビア地方・テルチ旧市街・ザハリアーシュ広場(世界遺産)
ザハリアーシュ広場を中心として旧市街がこれを囲み、広場西端のテルチ城の西側にはブナなどの大木の生い茂る自然を十分に活かしたイギリス式庭園が広がっている。三か所の細長い湖が旧市街を囲むように延び、新市街はその外側に拡張され広がっている。
また、標高500mのテルチ旧市街から西方1kmほど離れた標高550mの小高い丘の上には、二つの塔をもった白壁と朱色の屋根が印象的な聖ヤン・ネポムツキー教会堂がポツンと建っている。かつて私はこの教会堂を、抜けるような青空に対比して周囲の白樺や広葉樹の葉枝が黄色く染まる2000年の紅葉の頃に訪れ、二度目は2006年の真冬、氷点下の外気の中に音もなく粉雪の舞う白一色の時期に訪れた。何れの季節でも、少し遠方から眺める聖ヤン教会堂のその姿はいかにも東欧的な趣があり、絵のように美しい。


ブルガリア・ヴェリコ・タルノヴォ Veliko Tarnovo

人口: 70,000人
地政: 第二次ブルガリア帝国 首都(12世紀後半~14世紀末)/バルカン山地 北部

バルカン山地の奥地から流れ出たヤントラ川 Yantra は、ガブロヴォ Gabrovo を経由した後、複雑に蛇行を繰り返し最終的には国境の町ルッセ Ryce の少し上流でドナウ川に吸収される。ヤントラ川の中流域、ブルガリアの波乱の歴史を秘めた人口70,000人のヴェリコ・タルノヴォ Veliko Tarnovo は、絶壁の上に開けた都市である。
かつて12世紀以来、ヴェリコ・タルノヴォは第二次ブルガリア帝国の首都として繁栄を極めた。13世紀になりイヴァン・アセンⅡ世統治の時代には帝国は最大領土となり、その後東ローマ帝国(ビザンティン帝国)をも圧倒する勢力に発展した。が、14世紀末期~500年に及ぶ強大勢力のイスラム・オスマン・トルコ帝国のブルガリア支配が始まり、第二次帝国は没落の運命を辿ることになる。
この間、バルカン半島一帯はイスラムの影響を大きく受けることになる。ブルガリアがオスマン・トルコ帝国からの完全独立を果たすのは1879年になってから、その厳しく長い独立運動の中心的な存在であったのが、この哀愁漂う古都ヴェリコ・タルノヴォであった。

過去に私はヴェリコ・タルノヴォを二度訪ねている。最初は1980年代初期、市街に軍服姿の若者が目立つ「東西冷戦」の、「東側」と呼ばれたソヴィエト連邦と東欧周辺国、片や「西側」であるアメリカを機軸とするヨーロッパ NATO 諸国が激しく対立する時期、そして、二度目が1989年の「ベルリンの壁崩壊」が起こりブルガリアも含め東欧諸国が民主化された後、2000年代になってからである。
かつての繁栄を伝える旧市街には、ヴェリコ・タルノヴォのすべての歴史を偲ばせる古い伝統的な建物、考古学博物館、大司教区教会と大聖堂、13世紀のイヴァン・アセンⅡ世を称える記念碑とその隣の市美術館、ツアレヴィッツ要塞と王宮の丘、そしてクラフトの工房などが建ち並ぶ狭い坂道の通りなど、小さな街ながらツーリストが見るべき所は尽きない。

ヴェリコ・タルノヴォ Veliko Tarnovo
ブルガリア・バルカン山地・古都ヴェリコ・タルノヴォ/真冬の旧市街
二度目に訪ねたヴェリコ・タルノヴォは真冬、深々と冷え込む氷点下15℃の厳しい寒波の季節であった。バルカン山地の山懐にサラサラと音もなく粉雪が舞い、その静けさが風景をより美しく変え、凍てつく寒さに震えながら静かに眺める歴史ある古都の黄昏は余りにも優し過ぎた。
風もなく、ただ気温だけが低い極寒の中、東欧の穏やかで典型的な冬の風景を見せる古都ヴェリコ・タルノヴォの街。砂岩の絶壁に寄り添うように密集する旧市街の家々の窓、粉雪の綿帽子(わたぼうし)で覆われた屋根が重なり合い、ひっそりと厳しい気候に耐えている。哀愁漂う、何とも言えない美しい風景である(下写真)。

ヴェリコ・タルノヴォ Veliko Tarnovo
ブルガリア・バルカン山地・古都ヴェリコ・タルノヴォ/氷点下の真冬・旧市街

オーストリア・ザルツブルク Salzburug

人口: 15万人
地政: オーストリア中北部/歴史と「音楽の都」
UNESCO: 世界遺産

西のドイツとの国境に位置するザルツブルクの歴史は非常に古く、ヨーロッパ有数の古い街と言える。新石器時代から、特に青銅器時代・後期の「ハルシュタット文化」では岩塩&鉱物の採掘が行われていたが、南方15kmのバート・デュルンベルク(Bad Dürrnberg 人口750人)から産出される良質岩塩は、ザルツブルク市街を南北に流れるザルツァッハ川を経由、ヨーロッパ各地へ運ばれていた。歴史を通じてこの岩塩交易による利益と課税収入が、ザルツブルクの経済的な繁栄をもたらしたとされる。

ザルツブルク Salzburg
オーストリア・ザルツブルク/ザルツァッハ川&旧市街(世界遺産)/1972年
かつて私は1972年の夏に最初に訪れた後、今日まで6回ほど交通の要衝であるザルツブルクに滞在している。ハプスブルグ王朝の都ウィーン(下写真)のような庶民の「高級感」を遥かに超えた気品ある大都市ではないザルツブルクは、何時訪れても心落ち着く街、私の好きなヨーロッパで「最も美しい中世都市」の一つになっている。
標高425m付近を流れるザルツァッハ川・左岸(南西側)に位置するザルツブルク旧市街(Zentrum ツェントルム)は予想外に広くなく、歴史ある建造物が密集的に建ち並ぶという感じである(上&下写真)。
ショップや伝統レストランやカフェテリアが軒を連ねる、「狭い」と言って良い中世の香り漂う旧市街の通りはたいへんと魅力的で、音楽家モーツアルトの生家を初め、≪ザルツブルク音楽祭≫の大劇場、大司教宮殿と大聖堂を含めるレジデンツと広場、さらに聖ペーター教会堂などを訪れるツーリストが常に絶えることはない。
旧市街の南側を占める標高差70mの丘には、11世紀創建・16世紀初頭に拡張されたホーエンザルツブルク要塞が建ち、歴史を秘めた世界遺産の旧市街を見下ろしている。

ザルツブルク Salzburg
オーストリア・ザルツブルク旧市街/冬の佇まい(世界遺産)
オーストリア・ウィーン・「Café Mozart」Wien
オーストリア・首都ウィーン/高級カフェテリア「Café Mozart」
映画≪第三の男(1947年)≫Graham Green 脚本 “執筆カフェテリア”

オーストリア・ハルシュタット Hallstatt

人口: 800人
地政: オーストリア中北部/岩塩採鉱と湖畔
UNESCO: 世界遺産

ザルツブルク~南東50km、ザルツカンマーグート山系のハルシュタット湖(標高510m)の西岸、「世界で最も美しい湖畔の街」と呼ばれるハルシュタットも美しいことで有名である。1997年にUNESCO世界遺産の登録された後、2000年代になり、日本を含め世界のツーリストがどっと押し寄せるオーストリアを代表する山岳リゾートになった。
私は世界遺産に登録される25年前、1970年の初め、この美しい街、と言っても人口800人の村がヨーロッパの一部の人達だけに知られていた時代、ハルシュタットを二度訪れたことがある。
西方から標高1,100m級の急斜面の山体が迫り、湖畔にできたわずかな平地と斜面に開けたハルシュタットの街は、ガストホーフ(食事・宿泊)やカフェテリアなどが集まるマルクト広場やハルシュタット博物館を中心に、伝統的なアルプス様式の木造住宅がびっしりと建ち並ぶ(下写真)。
街は古代ローマ時代の岩塩採鉱から繁栄、「ハルシュタット文化」の中心の一つでもあり、街の西側の山腹、ケーブルカーで登る標高920m付近には「岩塩坑」の入口があり、ハルシュタットの重要な観光スポットになっている。

ハルシュタット湖 Hallstatt
オーストリア・ハルシュタット/「世界で最も美しい湖畔の街」(世界遺産)1972年

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ドイツ・「ロマンティック街道」 ローテンブルグ Rothenburg ob der Tauber

人口: 11,000人
地政: ドイツ南部/バイエルン州
特記: 「ロマンティック街道」&コロンバージュ様式

ドイツの街や村々は何処にあっても統一的に美しい佇まいを見せている。ネッカー河畔の城砦と最古大学のハイデルベルクの旧市街(Altstadt 下写真)なども極めて美しい街と言えるが、ドイツ国内でローテンブルグほど完全な姿で「中世」を保存している町は他にないであろう(下写真)。
ローテンブルグの町の発展は中世9世紀まで遡り、12世紀以降、市街を囲む城壁が築かれ大きく発展する。石畳に面する住宅を初め、ショップも銀行さえも外観は厳しい規制を受け中世のままだが、早春~夏~秋の終わりまで、家々の全て窓という窓は色鮮やかな赤や白色のゼラニウムや赤紫色のペチニアなどのきれいな花々で飾られる。
夕方になると店先を飾るカンテラが唯一の照明となり、石畳の通りを鈍く照らし出す。「ロマンティック街道の宝石」と呼ばれるように、まさに絵本の中で見ることのできる古き良きヨーロッパの「夢物語の世界」へ誘ってくれる。

かつて私の二度ローテンブルグ旧市街を訪ねている。最初に訪れたのはまだ世界的な観光ブームになっていない1972年の早春の時期、まるで「童話の世界」と言えるこのローテンブルグの市街にはツーリストは少なく、本当に静かであった。
そして、1980年代の後半以降、世界的に開花した旅行ブームにも乗り、特に真夏のローテンブルグは、南方の優美なノイシュヴァンシュタイン城と並び、「ロマンティック街道」の中心的な役割を果たす存在となり、中世から変わらない狭い石畳の通りは世界からの若者と家族連れのツーリストで一杯となる。
また、毎年11月~12月、日本からもツアーグループが訪ねるほど、東フランス・ストラスブールや「黒い森地方」のシュトゥットガルトと同じく、ローテンブルグは世界的に有名な「クリスマス・マーケットの街」としても知られている。

ハイデルベルク Heiderberg
ドイツ・ハイデルベルク旧市街(世界遺産)
ローテンブルグ Rothenburg ob der Tauber
ドイツ・「ロマンティック街道」ローテンブルグ旧市街/1972年

ドイツ・「黒い森地方」 ゲンゲンバッハ Gengenbach

人口: 11,000人
地政: ドイツ南西部/「黒い森地方」
特記: コロンバージュ様式

日本語で「木骨造り」、「コロンバージュ様式」は建物の壁面に柱や梁がむき出し状態の伝統的な建築様式の一つで、上記のドイツ・「ロマンティック街道」のローテンブルグ旧市街、あるいは東フランス・「アルザス・ワイン街道」の村々などで多く見ることができる。さらにドイツ南西部・「黒い森地方」の街や村にもコロンバージュ様式の美しい住宅群の通りや路地があり、ツーリストの旅情を誘う。
東フランス・ストラスブールから南東30km、ライン川右岸ドイツ・オッフェンブルグ Offenburg から南東9km(ローカル⇒列車10分)のゲンゲンバッハもコロンバージュ様式の建物を残す典型的な街である。

ライン川の支流、「黒い森地方」から流れ出るキンツィヒ河畔 Kinzig(北側)に位置する人口11,000人、中世から繁栄するゲンゲンバッハは決して大きな街ではなく、均整のとれたルネッサンス様式の18世紀建造の市庁舎と三角形のマーケット広場を中心に広がる非常にキレイな街である。
市庁舎の東側には735年創建後間もなくしてカロリング朝・西ローマ帝国の直轄修道院となった壮大なベネディクト派ゲンゲンバッハ修道院がある。なお、修道院の東側にキンツィヒ川へ合流するハイカーラッハ小川が流れ、その東方には市街から標高差70mの聖ヤコブ礼拝堂の建つワイン・ブドウ畑が展開している。

春~夏~秋、旧市街全体が花と装飾に埋もれている感じだが、特にコロンバージュ様式の住宅が建ち並ぶエンゲルバッセ路地 Engalbasse の美しい佇まいは群を抜いている(下写真)。
風情、と言うより若干「田舎風」とも言える東フランス・「アルザス・ワイン街道」のコロンバージュ様式の建物(下写真=エグイスハイム村)に比べ、ゲンゲンバッハの住宅群は風情を超越した、如何にも「ドイツ的モダン」とも言える、整然とした芸術作品に近似する華やかで美的な景観を主張している。

ドイツ・ゲンゲンバッハ Gengenbach
ドイツ・「黒い森地方」・ゲンゲンバッハ旧市街/花を飾るコロンバージュ様式の家並み
アルザス・ワイン街道・エグイスハイム村 Eguisheim, Alsace
「フランスの最も美しい村」・アルザス・ワイン街道・エグイスハイム村/花を飾る伝統のワインカーブ
ストラスブールや「ロマンティック街道」ローテンブルグ、ニュルンベルグなどと並び、ゲンゲンバッハは11月~12月の「クリスマス・マーケット」が有名である。市庁舎前から真北へ150m、アーチ型門と日時計のある上方城門(北門)まで伸びる Victor-Kretz 通り(左下写真)に軒を並べる出店と市街がキレイに照明される。
このクリスマス前の1か月間、「キリスト降誕」を祝い建物の柱部分も装飾、広場には電照のツリーが立ち、市庁舎の24か所の大型窓は世界中の有名な芸術家による色鮮やかなファンタスティックな絵で埋もれる。一帯は幻想的な雰囲気となり、毎年10万人の観光者がこのゲンゲンバッハの美しい冬のイヴェントに訪れると言う。
(参考: 右下写真 装飾された市庁舎 By Schwarzwald Tourismus GmbH/Freiburg-GE)

ゲンゲンバッハ Gengenbach
ドイツ・「黒い森地方」・ゲンゲンバッハ旧市街&クリスマス装飾の市庁舎
※クリスマス装飾の市庁舎 写真情報: Schwarzwald Tourismus GmbH/Frieburg-GE
●関連ブログ: 東フランス・「アルザス・ワイン街道」
花のある風景/アルザス・ワイン街道・コロンバージュ様式の美しい家並み
●関連Webページ: 東フランス・「アルザス・ワイン街道」
「アルザス・ワイン街道」(中部)コルマール周辺/花を飾るコロンバージュ様式の美しい村々

ルクセンブルグ大公国・首都ルクセンブルグ市 Luxemburg

人口: 108,000人
地政: ルクセンブルグ大公国 首都
UNESCO: 世界遺産

大公国ルクセンブルグは南北80km 東西60kmほど、ベルギー・ドイツ・フランスに囲まれ、面積的には神奈川県より少し広く、深い森林と丘陵で形成される「アルデンヌの森」の南限部の小国である。
歴史を観ると、10世紀にアルデンヌ家系が渓谷の崖上に砦を築き、11世紀にアルデンヌ家系ルクセンブルグ伯の統治となり街の発展が始まった。14世紀になると公国へ昇格したが、15世紀半ばにはルクセンブルグ家の断絶によりフランス・ブルゴーニュ公国へ併合されてしまう。その後、ハプスブルグ家系の統治を経て、19世紀にルクセンブルグ大公国となった。

平地は少なく、小国であるが故にヨーロッパの戦争と混乱の歴史に翻弄され続けたルクセンブルグだが、フランス北東部に連動する鉄鉱石の鉱床の発見で国内にはヨーロッパ有数の鉄鋼業が発達、さらに近世以降、租税の優遇政策から銀行・証券・投資会社・企業登記などの国際的な金融センターを確立した。
今日ではヨーロッパの通信情報の中核を成し、観光業、高級陶磁器(Villerey & Boch社)、モーゼル・ワインの産地、チョコレート生産でも国際レベルである。
このため、東京都八王子市とほぼ同じ(2017年)、全人口58万人、北欧諸国と同様に経済格差の少ない「世界で最も金持ち」とされるルクセンブルグの国民は、失業のない安定した報酬と低い課税率の恩恵もあり世界トップレベルの豊かさを享受している。

ルクセンブルグ大公国の首都は人口108,000人、大公宮殿のあるルクセンブルグ市である。UNESCO世界遺産に登録された首都の旧市街は、北~西~南側を標高差50mの切り立った崖のペトルッス渓谷 Petrusse V に囲まれた、標高300m前後の突き出した尾根の高台に位置している。
中央駅や金融センターは渓谷を隔てた南方にあり、駅から旧市街へ向かう750mのリベルテ大通りは、銀行や投資会社など国際的な金融機関、Amazon・Apple・IKEA・FedEX・スターバックスなど350社を超えるグローバル企業の拠点オフィス、ブランドショップが連なり、余所の国では見られないシンプルエレガント、高貴な街並みを形成している。
新市街からアーチ型アドルフ橋 Adolphe B を渡れば旧市街となり、橋から望む眼下の渓谷と崖斜面は緑の公園と豪奢な邸宅風の建物が点在、対岸には旧市街の歴史の建造物の凹凸が展開している。都市にしては珍しい深い渓谷、そして白壁と紺藍色の屋根の上質な雰囲気の邸宅群、さらに濃厚な緑の群生など、どれを取っても圧倒される美しい景観という印象である(下写真)。

ルクセンブルグ大公国・首都ルクセンブルグ市/旧市街遠望&大公宮殿(世界遺産)
深い渓谷に囲まれた尾根の高台にあるルクセンブルグの旧市街全体が、ある意味で「要塞」と言える形容、通りは全般に狭く、ゴシック・バロック・ルネッサンス様式の歴史ある建物が密集的に連なり、旧市街のほぼ東端にツーリストに人気のある比較的狭い広場を備えた大公宮殿が建っている。
ルクセンブルグ市は世界中からツーリストが押し寄せる国際観光都市、ランチタイムのレストランやカフェテリアは何処でも満席、テーブルでは色々な言語が飛び交う中、ランチを取った後、金融関連ビジネスを反映してブラックスーツ姿で颯爽とオフィスへ戻るサラリーマン達の存在は、この国の放す気品を象徴しているかのようである。

●関連Webサイト: 海外旅行1,200日・世界47か国 旅人legend ej の世界紀行・心に刻む遥かなる「時」
legend ej の世界紀行
●過去のブログ:
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       世界遺産・北イタリア・ドロミテ山塊/大自然の造形美 「雄大なる讃歌」
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       クレタ島クノッソス宮殿遺跡・フレスコ画≪パリジェンヌ≫は女神だったのか?
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       花のある風景/アルザス・ワイン街道・コロンバージュ様式の美しい家並み  
       南西フランス・ケルシー地方・「フランスの最も美しい村」サン・シル・ラポピー
       「フランスの最も美しい村」ゴルド/南仏プロヴァンスの「極上の美しい眺め」
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EU諸国: ヨーロッパの「最も美しい街」は? 経験論からⅠ部(北欧~中欧~東欧)